翻訳者のライフスタイル研究(2)――自動車マニアのフリーランス翻訳者

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趣味の時間を楽しむ大塚さん静岡県浜松市出身の大塚さんは、エンスー(年代物の車種を好む自動車マニア)である。

愛車は1970年型アルファロメオGTV。手入れの行き届いたイタリアンレッドのボディが美しい。この車で年に5回は走行会やレースに参加しているという。ボンネットを開けてエンジンルームのメンテをする姿も楽しそうだ。

大塚さんは翻訳専業になって5年目のフリーランサー。現在は、奥様と猫2匹という家族構成で暮らしている。奥様が派遣の仕事で外へ働きにでていることもあって、夫婦で家事を分担しているとか。

奥様とのツーショット今はやりの主夫ですよ」と照れずにいう大塚さんにとって、家事に参加するのは自然なことらしい。

■ 仕事場は自宅から徒歩10分のワンルームマンション

自宅から徒歩10分のワンルームマンションの1室が大塚さんの仕事場である。2000年の春頃から利用しているそうだ。学生向けに建てられたものらしく、古くて決して広いとはいえないが、大塚さんのお気に入りの場所だ。

「地下鉄の駅からも自宅からも近く、家賃も手頃だったのでここにしました」猫

それまでは自宅で仕事をしていたのだが、飼い猫に仕事のじゃまをされたりして集中できないことがあった。なによりも気分転換をしたかったし、健康管理のために歩く機会も欲しかった。毎日往復徒歩20分の通勤がちょうどいい運動になるわけだ。

英語を使う仕事がしたくて自動車部品メーカーに就職

大塚さんは中学、高校と英語が得意科目だった。大学在学中に車が好きになった大塚さんは、英語力を活かせて、車に関われる仕事を探した。マスコミにも惹かれたが、結局、中堅の自動車部品メーカーに就職する。新しいオフィス

「この会社の社長が自分のことを気に入ってくれて入社を盛んに勧められたのと、確実に海外要員になれそうだったので決めました」と大塚さん。

会社の規模にこだわらず、自分を高く評価してくれたところに入ったわけだ。
2年後米国に渡り、現地法人マネージャの補佐役などで数年間活躍する。

日本の会社では、英語が得意な人がいつのまにか単なる英語屋さんとして扱われるようになってしまうらしい。そうなると傍流だ。出世は望めない。大塚さんは、帰国後、経理への転属を願い出る。海外での経験を通して、日本の中小企業が海外でビジネスをするには経理の知識が必須だと感じていたのも理由の一つだった。その後も簿記2級を取得するなど経理畑で努力していたが、やはり限界を感じてしまう。

脱サラ * 自分らしい生き方を見つけるために

そもそも、人に使われるのは好きじゃないんですこちらは自宅の書斎

会社員でいる限り、何もかもが会社のペースになってしまう。このまま会社勤めを続けて一生の大半を終えていいのだろうか。自分のペースで仕事ができるようなライフスタイルはないのだろうか。大塚さんの気持ちは次第に会社から離れていった。

せめて次の仕事を見つけてから、という奥様の願いもむなしく、勤続10年にして次のあてもなく退職してしまう。もう一度自分の人生を考えてみたくなったのだそうだ。

10年間精一杯勤めたんだから、しばらく休んでもいいじゃないか

長い人生で数ヶ月くらい働かない時期があってもおかしくはない。その間に自分をじっくり見つめ直すことができる。奥様もしばらくは休養が必要だと理解してくれた。

走行会に参加した大塚さんの活躍を伝える雑誌記事大塚さんはありあまる時間の中で今後の生業について考えてみる。選択肢にあがったのは、海外業務の経験を生かした「コンサルティング業」「通訳」「翻訳」だった。特に翻訳については、実際に外注したり、社内でサービスマニュアルを翻訳したりした経験があったので、一番なじみがあったそうだ。NIFTY-serveのフォーラムをのぞいてみたり、
翻訳学校を訪ねたりもした。

そろそろ失業保険がきれるという頃、雑誌や電話帳に掲載されている翻訳会社にアプローチしてみた。最初に脈があったのは地元の翻訳会社だった。大塚さんの経歴を聞いて、トライアルなしで採用してくれたそうだ。ほどなく仕事の依頼がある。最初の仕事はマニュアルの英訳だった。

20日間で30万円くらいの収入になったでしょうか...。客先の評判も良くて、これなら翻訳でやっていけると確信したわけです」

最初のお客さんが、今でも一番の得意先だという。その他にも、独立当時にトライアル挑戦で合格した東京の翻訳会社との取引が順調に続いている。現在は、この2社に加えて、取引先から独立した人が新しく始めた翻訳会社、もと勤めていた自動車部品メーカーの4社が全取引先だという。独立以来、特に新規の顧客を開拓したわけでもなく、5年間やってこれたというのである。

「初仕事をくれた会社は、経営者が母校の先輩ということもあって懇意にしてもらっています」プラグレンチで作業中

取引先安定の秘訣は早めの納品

取引先が絶えず入れ替わり、仕事量の変動が激しい翻訳者が多い中、 同一の翻訳会社と長年良好な関係を維持し、安定した仕事量を確保している大塚さんは、フリーランサーのお手本だろう。

「特別なことをしているわけではないんです。強いていえば、1日でも早く納品するよう心がけてきたことくらいでしょうか」


当たり前のことだが、取引先の数が増えて仕事量が増大すると実践するのは容易ではない。実際、納期を守ることさえ、ままならない翻訳者が少なくないらしい。それを仕方がないとか、他の人もきっとそうだ、などと都合のいい理由を付けてすませてしまう人が多いのだ。

早めに納品すると、翻訳会社のコーディネータに喜ばれますよ

また、驚いたことに大塚さんは毎日10時〜6時という労働時間をきちんと守っているのだそうだ。夜型で苦労している筆者には夢のような生活に思える。

徹夜をしたことがないんです。一日の仕事量を決めておいて、それが済めばさっさと切り上げてしまいます。仕事が終われば自分の時間ですね」

5年目にして初めての壁

4年間ずっと順調だった仕事が2000年の夏になって突然とぎれた。なんの前触れもなく2ヶ月間ほとんど仕事のない状態が続く。得意先に問い合わせても大塚さん向きの仕事が全くないらしい。このとき、大塚さんは仕事の質的変化を感じたという。以前から気になっていた TRADOSのドングル購入を決断する。取引先にドングルの取得を連絡すると、その後はTRADOS Translator's Workbench使用の仕事が続々と舞い込むようになった。

「IT翻訳の仕事はTRADOSの使用が主流になっているんですね。思い切って購入してよかったと思います」

現在の仕事の内訳は、IT系英和が8割を占め、その他和英が2割だという。

来た仕事をきちんとこなす」のが大塚さんの主義。あえて余計なことを考えないようにしているのだそうだ。やれ、業界団体だ、コミュニティだ、Webサイトだ、などと首を突っ込んで本業がおろそかになっている翻訳者が少なくないらしい。確かに、横のつながりを持って情報収集をすることにはそれなりの意義があるのだが、余計なことを知ったばかりに、安易な現実逃避に時間を浪費する癖がついてしまうこともある。目の前の仕事に対するモチベーションが低下してしまったり、翻訳業界に嫌悪感を持ってしまうリスクもある。TRADOS、DDwinなどのツールを使いこなしている大塚さん

将来へのビジョンをたずねてみた。

一人でコツコツとやる仕事が性に合っているんです。翻訳会社を起こして経営者になるとか、翻訳で有名になってやろうとかいう野心はありません。自分の時間を好きなように使えて、趣味を楽しめる、今の生活で十分満足していますから」

車の次に大塚さんが好きなのはお酒。無類の酒好きであるため飲み過ぎには気を付けているという。
仕事を離れて夢中になれる趣味を持つことも、フリーランサーとして生き残っていくためには大切な要素なのかもしれない。「仕事が一段落したときに、試しにビールを軽くいっぱいやりながら翻訳してみたことがあるんです。そのときはとても気分良く翻訳できたのですが、翌日見直してみたら酷いものでした(笑)」

実際に飲酒しながら仕事をすることはあり得ないが、このような遊び心も単調になりがちな翻訳の目先を変える目的であればおもしろい。翻訳の仕事に対する意欲が新たになるかもしれないからだ。

(文・写真 加藤隆太郎)

※この記事のオリジナルは、日外アソシエーツ発行の読んで得する翻訳情報メールマガジン『トランレーダードットネット』に掲載されたものです。最新記事の購読は「メルマガ購読希望」と書いてこちらまでお申し込み下さい。

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